私が影響を受けたもう一人の人物は、入社六年目で出会った設計事務所の監理者の方です。その方と最初に仕事をすることになった時、顔合わせの場で、開口一番に「設計事務所の部屋に布団が敷けるようにしてくれ。それと、冷蔵庫に缶ビールを入れておいてくれ」といわれました。つまり、現場事務所に泊まれるようにしてくれ、というわけです。
工事にあたっては、設計図に基づいて具体的に細かい寸法を入れて、作り方をきちんと指示した「施工図」というものが必要です。
例えば壁にドアをつける時、ドアをどの位置に設置するか正確に決まっていないと、コンクリートを打設することはできません。ドアに限らず、建物の最終形の方針がすべて決まっていないと、コンクリート躯体工事が進まないのです。適当に作業してしまうと、後で斫りが生じたり、逆に隙間が空いてもう一度コンクリート工事をしたりと、手戻りや無駄が生じてしまいます。
トイレにタイル張りをする際にも、図面をきちんと作らないと隅々が収まらない。ぴったりと壁の端に正寸のタイルがはまらないのです。水道の配管も、タイルの目地の部分から出さなくてはならないわけで、つまり、作業を適切に行うためにはどうしてもきちっと計算され、検討された施工図が必要となるのです。
コンクリート躯体の施工図、設備の施工図、建具の施工図、タイル割り付け図など、パーツごとに施工図があり、それぞれが緻密に計算されていて、そのすべてがピタッとはまると、完璧な建物に仕上がります。施工図をチェックすることがいかに重要かを誰よりも知っていて、それぞれのパーツの細かい部分ひとつひとつをすべて完璧に整合させるために、おびただしい数の施工図を一枚一枚チェックして、真っ赤になるまで図面をチェックされていたのがその監理者の方でした。
夏になると上半身裸になって、噴出す汗をぬぐいながら、夜を徹してひたすら机に向かっておられました。それだけに私共への要求も厳しく、それにお応えするのは大変でしたが、決まったスケジュール内で仕事を完遂するために、身を粉にして仕事に取り組むという、プロの姿をみせてもらいました。